みんな、愛し合ってるかい?

私が好きなアーティスト、清志郎の言葉です。

死んでいるように生きている人はいっぱいいるように思います。

私は私の人生を生きるんです。それには、資本主義ゲームを理解し、攻略しないといけません。

そして最大多数、最大幸福を実現することが、私にとって重要な仕事です。それにはみなさんの力も必要になってきます。

私の活動と、私と志を共にする仲間たちの活動を日本中に広めたいという、一心でブログを始めました。

資本主義ゲームの攻略条件

①自分の人生を送っていくために、不自由しない資産、または収入を得ること。

②お金に最大限まで依存しない生活を送ること(自給自足や、助け合い出来る環境を持つ)

このふたつを資本主義ゲームの攻略条件とします。

私は社会問題のあらゆる根本原因は、お金に依存しすぎた生活にあると思います。そうなった原因は、資本主義社会(消費社会)になったからです。

資本主義にもお金があれば、あらゆることを試すことが出来るというメリットもあります。自分のあらゆる力を創り、資本主義の中で、本当に自由に生きられる環境を世界中に広げていきます。

愛すべき日常と夢

大学を卒業して、丸腰のまま起業をしました。仕事の概念も分からずに、仕事を始めました。理由は大切な家族を死んでも守りたかったからです。就職活動をしてみて、会社員になって家族を守れるのかがとても不安になり、起業する運びになりました。

仕事ってのが分からない。人の疑い方も知らない。知り合いもいない。お金もない。(学生でしたので)

そんな中でも真っ暗闇に飛び込みような起業にチャレンジ出来たのは、直観でした

私の”直感”、私の”魂”そのもので、誇りのある仕事をし、家族を守り、望む人生を送りたかった。小さい頃から感じていた、「社会の矛盾」を肯定するような大人にはなりたくないと。

それを突き通すために、私は人生を捧げてきました。

そして、2019年1月。共同で会社をやっていたパートナーに全財産盗まれ、長く住んだ愛すべき大阪を離れ、新たな挑戦として、縁もゆかりもない東京の地にきました。

でも、大丈夫。いまはどんな場所でもやっていけます。全てが壊れても、ゼロから立て直せる力こそが、私の欲しかった力です。それでこそ、家族は守れる。

世の中に素晴らしい商品、サービス、そして愛情をより多くの人に届けていきたい。

それをカタチにしていきます。

理不尽な社会、どうしようもない現実

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photo credit: tokyoform via photo pincc

私は1つのシンプルなことを知っています。それは「人の本気は恐ろしい。」ということです。湧き上がる情熱をひとつに向けた時に、思いもよらない衝動を起こします。立ち向かえないんじゃないかと思える壁はそうやって、超えてきました。

しかし同時に、それを実現することがいかに難しいかという事実も私は知っています。

日常の中にある、無数の誘惑や、罠、怠惰。または意図せずに人の情熱をけなす人、驚くほどの悪意を持って近づいてくる人もいます。社会は何が起こるか、本当に分からない。

いまやっている努力は本当に社会にとっていいものなのか、自分は本当に人を豊かに出来るのか、私は生きててよかったのだろうか。

どれほどこのジレンマに頭を悩ませてきたことでしょう。特に社会人になってからずっと悩み続けてきた様な気もします。

いつしか心が死んだような感覚に陥りました。私の思考は霧か霞かに覆われ、方向感覚はいつしかなくなり、足取りも徐々に重くなっていきました。少しずつ少しずつ小さくなっていく感覚。少しずつ少しずつ何者でも無くなっていく感覚です。私が「自営業」になって数年が経過した時、その足は完全に止まります。いわゆる鬱状態です(たぶん)。ひとりになりたい、いま死んだら何が後悔だろうか・・・。

人生を変えた挫折と再起

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photo credit: Alex Abian (Also on flickr.com/alexabian) via photo pincc

死が頭をよぎる人生最大の挫折。私の直感は私を長年、喧嘩していた父のもとへと運びました。

優しかった私の父は某有名銀行で勤め、ストレスからなのか家族に八つ当たりをするようになります。理不尽が嫌いな私です。反発を繰り返し、仲直りもしないまま、大学へ進学、社会人と6年ほど話していませんでした。

地元の少し大きな駅の小さな蕎麦屋さん。私は父に何を言ったのかは覚えていません。ただ、最後にプライドの高かった父が私に「本当に悪かった」と謝りました。

父もこの理不尽な社会で必死に家族を守ってきたのだ。そう感じたランチタイムでした。

”理不尽な社会”と対峙し、数々の試行錯誤を経て、多くを学び、訴え、協力をしていただきながら、どうにかこうにか”理不尽な社会”を変えられる道筋は立てられました。

幸い今ではあの”理不尽な社会”を前にして恐怖で足がすくむ様なことはまったく無くなりました。むしろ楽しみながら、限られた時間の中でより大きな成果を上げるべく奮闘しています。私の計画が予定通り行けば、まずは2年後の30歳になると同時に私の”夢”は次の段階に進められます。

My Wayというブログ

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photo credit: Kuzeytac via photo pin cc

私の人生は、失敗から学び、多くの知識、経験を得ながら、実践し、自分の人生にしてきました。昨年の自分よりも今年の自分のほうが好きで人生はより豊かになっています。

そして「自分の人生を送る」と決意したその時に始めた活動の1つが、あなたが今見ているこの愛すべきWebサイトなのです。2019年5月のことです。

私がこのサイトを通してあなたに伝えたいことは何でしょうか。

それは、私が「自分の人生を送る」と決意してから今日までに経験した、”未来”の実現に向けて”好きな人生を送るため”に没頭するための数々の知識と仕組です。これらを誰にでも有効な、再現性のある”生きた情報”として発信していきます。

そして同時に、その”生きた情報”を私自信が実践し、私がいかにして成長していくのかについても見て頂きたいのです。

このサイトには「My Way」という名前をつけました。それはこの「MyWay」というサイトが理不尽な社会の中で、私のような「自分の人生を生きる。」と決心した人たちへの支えになればと思っています。

「それがどうした?」

いつでも出発は孤独なものです。周りの反応は冷たく、自分は期待と不安でいっぱいです。

私は大学時代に夢を語り、同級生の誰もが就職を選ぶ中で孤独な独立起業への道へ、飛び込んでいきました。そのときの私の夢はことごとく、バカにされてきました。見ててください。

夢実現に効果的な数々の仕組と、それを実践する私自身の活動を発信することで、私は貪欲にあなたを突き動かそうとしています。私はこの「MyWay」を通し、今まさに成長せんと欲する私の考えを、是非皆さんと共有したい。

そして認識して欲しい。そして考えて欲しい。そして行動に移して欲しい!そして、理不尽な社会を乗り越える仕組は私たちで作れる

「MyWay」

私は”生き方”を通してあなたとともに成長しようと考えています。この刺激的な人生、素晴らしい人生を通して、あなたの”生き方の追及”に突き動かそうとしています。

私が考える世界平和を実現する。

私は、いま考えていることはお金は運用や事業で稼ぎ、労働で生きがいを持ち、食べ物は自給自足の農業や、狩猟などで補います。

そして、人間に大きな余暇が出来ます。そこに、芸術を愛する人たちが生まれたらと考えています。

今後も、私は事業や運用はし続けます。

自給自足の農業や狩猟の仕組を日本中に広げられるようにします。

労働で生きがいを感じ、仕事を誇れる人を多く作りたい.

芸術を嗜み、私の感性をぶつけ、みなさんの感性を見ていきたい。

私はそういった人生を送っていくつもりです。

ありあまるほどの豊かさを分け合い、助け合って生きていくのが私の理想とする世界平和です。

足跡

私が揺り籠の中から這い出て今に至るまでの、生い立ちを見て頂きましょう。

  • 1991年5月17日 0歳 この記念すべき日に私は生まれました。
  • 1994年頃    3歳 家族の影響で、サッカーを始めた。ロベルトカルロスが好きだった。
  • 1996年頃    5歳 人は叩けば言うことを聞くと思っていた。人生で唯一の暴力期。
  • 1998年頃    7歳 周りの人の体が大きくなり、反抗され暴力を辞める。祖父母の家で人間が一番恐ろしい生き物だと思う。
  • 1999年頃    担任の先生の言うことがコロコロ変わっていることに気付く。大人に疑問を少し感じる
  • 2001年頃    10歳 弱小サッカーチームが県3位になる。プロサッカー選手を夢見る。
  • 2002年頃    11歳 プロサッカー選手の現役時代の短さ、生涯年収の低さに驚き、プロ選手を諦める。
  • 2003年頃    12歳 流行りの学級崩壊。担任先生失踪。大人の社会に矛盾を感じ始める。
  • 2005年頃    14歳 女性心を弄びすぎて、いじめられる。(笑)申し訳なかったと思う
  • 2006年頃    15歳 いじめられて、強く生きていくことを決心する。経営者になりたいと思う。音楽は初ライブをやる。
  • 2007年頃    16歳 高校に入学後、弱小サッカー部に入部。
  • 2008年頃    17歳 奥さんと同じクラスになる。笑顔が素敵な人。生徒会活動、いい友達に会う。
  • 2009年頃    18歳 高校最後のサッカーの試合、勝てる見込みなく、あえなく負ける。でも清々しく終わる。勝つことが大切だと思っていた価値観に変化が訪れる腰の怪我で走れなくなる。
  • 2010年頃    19歳 大学入学後、軽音楽部に入学。そして、最先端の腰の手術で怪我完治。最高の友達に会う。
  • 2011年頃    20歳 軽音楽部の人たちと、気が合わないながらもしっかりと活動する。文科系の人たちの面白さを知る
  • 2012年頃    21歳 軽音楽部でまとめ役をするも、軽音楽部に嫌気がさし、一気に冷める。
  • 2013年頃    22歳 就職活動で会社員の生き方に違和感を覚え、起業を志す。
  • 起業家ゼミ教授「おれ、起業したことないから事件」憧れの船井総研でキレる起業初めての仕事などなど
  • 2014年頃    24歳 事業大失敗。弁済開始する。
  • 2015年頃    25歳 大人の社会の矛盾が何なのかを理解しようと、動き始める。SEプログラマー教室開始。
  • 2016年頃    26歳 大人の社会の矛盾を理解し始め、それに対する対処も見えつつある。SEプログラマー教室、思っていたのと違い、辞める。
  • 2017年頃    27歳 「理不尽な社会」の解決法として、農業に関わってみる。教育事業を開始する。年末に共同で会社をやっていた人にお金を持ち逃げされる
  • 2018年頃    28歳 縁もゆかりもない東京に来る。強くて、ニューゲーム
  • 5月にこのサイトをオープンし、メディアの力をつけようと決心する。 

みなさんに、幸福な日々が訪れることを心から祈っております。

生きててよかったを、もう一度。

by雨読